私と子どもに贈る物語

日々新たに… 思うまま感じるままを綴る 子育てと自分探しのお話

『父と私』そして「麒麟がくる」

今週のお題「大切な人へ」


麒麟がくる
大河ドラマ、久しぶりに見ています。
明智 十兵衛光秀の故郷
「美濃の国」
は私の故郷でもあるのです。

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父は54歳でこの世を去りました。
私が25歳の年でした。

生前から「自分の人生は50年」だと
断言していましたから。
(子どもの私としては複雑な気持ちだったことは言うまでもありません。)

「太く短く、人生を謳歌した」
幸せな人だった。
今ならそう言い切れます。


父は歴史が大好きな人でした。
特に「戦国時代」
本棚は歴史に関する本で溢れていたほど。

団塊の世代」の父は、
アパレル業界の営業マンとしてバリバリ働いて
いました。
当時営業といえば、接待営業が当たり前。

毎日帰りが遅い。
週末土日のどちらかはゴルフ。

私はそんな父が大嫌いでした。
理由は「母を困らせている」から。

私は父を無視していました。
どうせ私の気持ちなんか分かってもらえない。
話しても無駄。
ずっとそう思っていました。


仕事人間な父ですが、
そもそも
「仕事が大好き」
「お酒も食べることも大好き」
「新しいことが大好き」
「自然・田舎が大好き」

『動に静』を混ぜ合わせたような人。


実は私には父との楽しい時間がありました。
土日の夕飯時、お酒を飲むと楽しそうに色んな
お話をしてくれること。
(普段はあまり話さない、頑固オヤジ)

仕事で「新しい生地の開発をしてること」
「経済のこと」
「どう生きるか」
「読んでいる本のこと」

弟妹3人並んでお話を聞いたり、質問する時間が
大好きだった。
今思えば、その時間だけは素直になれていたのかな。

ただ自分の中で頑なに「許したくない」という
思いと、甘えるのが恥ずかしいという気持ち。


父は不摂生、頑張りすぎから体調を崩し、
私が中学生の時から人工透析の生活。

私が短大19歳のある日、何故か、何故か分からないけど、
この人は「長く生きられない」
と分かってしまった……。
実際、透析だけでなく骨髄の病も抱えていて、
衰えていく姿を目の当たりにしていた。

ようやく父との「わだかまり」がとけ始めたのは
その頃。


病を抱えながらも、父はいつも楽しんでいました。

たまの休みは、家族で自然豊かな山へドライブに、遊園地に、陶芸をしに、私の友達を招きBBQをしてくれたことも。
体を動かせるうちは、畑や田んぼを借りて野菜やお米を育てたりと、じっとできない性分。

父が常々私達に言っていたこと
「一度きりの人生、楽しまないと損だよ」


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憧れの戦国大名
織田信長
同様に50年で幕を閉じた父。

私は歴史のことはよく分かりませんが、

麒麟がくる
毎週楽しみにしております。

個々のキャラクターが際立っていて、
俳優さんの役作りに「熱」を感じます。

斎藤道三の戦術、本木さんの道三の作り込み。
当時の「戦」の様子がリアルに伝わりました。

今後登場する信長、ストーリー展開、
特に「本能寺の変」はどう描かれるのか。

父は何と評するだろう。


そんな話を
「お酒を交わしながら語りたかったな」と

一人、美濃の田舎者は思うのでした。